「恋と愛の違いって、なんだか知ってるか?」

 

 

突然跡部に切り出されて、忍足は瞠目した。

 

 

 

春の日差しもうららかな真昼時のことだ。

普段ならば跡部は樺地と食べていて、忍足も向日と食べている。

だが何の運命か、今日向日は珍しく体調を崩して休み、樺地は日吉との打ち合わせで忙しいからと席を外しているらしい。

一人で食べているらしい跡部に、それならと寄って行ったのは忍足のほうだ。

 

ただ跡部と二人きりになるのがそれほど珍しくはないにしても―――同じ学年の中では相談されることが比較的多かったため―――こうやってプライベートで話すにはあまりにお互いがお互いのことをよく知らない。

忍足が知ってる跡部のことと言えば、俺様でテニスが強くて、樺地をこよなく愛してるとか、そんなものだ。

ただしそんな話を跡部と二人っきりでしたら怒られるに決まっている。

唯一話のきっかけになりそうな樺地の事を尋ねれば、予想以上に跡部は乗ってきた。

樺地の趣味、だとか。

樺地の好きな食べ物、だとか。

樺地の好きな色、とか。

なんかそう言えば聞いたことあるなぁと思えども、昼食が気まずくならないだけ良かったので、忍足は適度に相槌をうちながら跡部の話を聞いていた。

 

樺地作戦が功を奏したのか、話はスムーズに行き、跡部から向日の話をしてきたりと、ほどよく盛り上がった。

ところが、「じゃあ今日は岳人のところにでも行くかなあ、今日一日岳人がおらんだけで妙に寂しいねん」と忍足が漏らすと、ふと跡部が押し黙ってしまった。

突然の沈黙を不思議に思って跡部のほうを見ると、驚いたことに忍足が今まで見たことのない顔をしている。

どこか悲しそうな―――というか、憂いている顔。

 

何かまずいことを言ったか、と忍足が急いで思い返してみるも、確か向日の話をしていただけで、しかもそれは最初に跡部のほうから振ってきた筈だ。

いったい何が悪くさせたのかと不思議に思っていると、忍足の視線に気づいたのか、跡部はふっと軽く笑った。

 

 

 

―――――――そこで、上記の話に戻る。

 

 

 

「・・・恋と愛の違い?よくある『好き』と『愛してる』とかの違いやのうて?」

「?何だ、よくあるって」

「あ、いや俺ロマンス趣味やから。ほら、なんか聞いたことない?『like』と『love』の境目はなんでしょー、て」

 

跡部にこの手の話がどこまで通じるかは正直分からなかった。

全く通じないような振りして、実は跡部はヨーロッパの劇――特にシェイクスピア―――なんかは妙に詳しかったりするのだ。ただ、『ロミオとジュリエット』などに関しては「恋人同士がどうして死ぬのかが分からん」と云う位なので、ロマンス面では理解を得られないような気もするのだが。

 

だが、跡部は「ああ」というと、「ああいう陳腐なセリフな」と吐き捨てた。

陳腐なセリフて、陳腐やけどそこには確かめたい想いとかあってやな・・・

と忍足は言ってしまいたかったが、相手は跡部景吾である。

ロミジュリの素晴らしさも否定し、死別の話で泣いている人を見れば「どこで泣いたんだ?」と言うほどロマンス方面には疎い――この場合疎いとはちょっと違う気がするにしても――男だ。

ここは我慢強く話を聞き続けるしかない。

 

「そうじゃねえんだよ、愛っていやあ、確かに愛なんだ」

前を向きながら呟くように話す跡部は、忍足に聞かせているというより、自分自身に話しかけているような気さえした。

 

「樺地がな」

 

ここでようやく跡部の体が忍足のほうを向いたので、忍足は注意深く耳を傾ける。

まるで秘密の話を告白されるようで、何だかいつもの関係より突飛した雰囲気に忍足はある意味滑稽な感じを覚えたが、跡部があまりに真剣なので笑うのだけはなんとか抑えた。

 

「俺が傍に居ろ、って言ったら、居るんだよ」

 

―――そら、別にええやん。

忍足は傍に居ろと言っても聞かない恋人に想いを馳せて顔をしかめた。

まさか、この雰囲気で惚気るつもりか?

 

 

「なん、ええことやん、それは」

 

正直に忍足がそう言うと、跡部は眉間に皺を寄せて嘲笑した。

 

「そうじゃねえ。俺に言われたときだけ、居るんだ、あいつは」

 

「俺が、傍に居てほしいって言ったら、居る。けどあいつからは決して来ねえよ」

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

 

「忍足、お前なら知ってんだろうが。恋は下心、愛は真心ってな」

 

 

 

 

 

 

+  +  +

 

 

 

 

放課後。

部活を引退した後まるっきり暇になった忍足は、サロンへ行こうかと足を向けたが、昼に言われた跡部の言葉が胸の中に引っ掛かって、どうしてかそんな気分にはなれなかった。

 

と、帰宅につくものと部活に急ぐものが行きかう中で、頭一個分ほど目立つ体を見つけた。樺地だ。

恐らく部活へと向かっているのだろう。

背中も大きいなあ、と感心していると、今はもうひとつになっている鞄が何だか寂しく見えた。

 

「樺地」

 

何だかたまらなくなって、忍足は半ば呼びかけるかのように樺地を呼んだ。

だが忍足にはこれと言って特に用があったわけではないし、先ず呼ぶつもりもなかったのだ。

さして大きな声で呼ばなかったから、振り返らないだろう、いやむしろ振り返らんといて!と忍足は思ったが、見事にそれは裏切られた。

 

樺地の小さな黒い眼が、忍足をとらえる。目が合うと、どうも呼ばれたと勘違いしたらしい(いや、実際呼んだのだから勘違いではない)樺地がペコリと会釈して忍足に近付いてきた。

 

「忍足さん、お久しぶり、です・・・」

「お、おう、久しぶりやん」

 

――――どないしよう!

 

呼ぶ用もないのに呼びました、なんて今さら言える感じではない。

確かあまりにも樺地の背中がさびしくて、それで呼ばずにはいられなかったのだ。

 

別に引退した先輩が後輩を呼びとめることは珍しくもなんでもない。

例えば部活の近況や、気になる部員の様子とかを聞いたりだとか。

だが忍足はそういうタイプではなかったし、自分たちが居なくなった後の部を下手に干渉するように探るのもどうかと思っていた。

 

何か話の糸口はないものかと忍足が心の中で頭を抱えていると、ふっと頭の中で先ほどの跡部の言葉が突然思い返された。

 

 

『あいつからは決して来ねえよ』

 

『お前なら知ってんだろうが。恋は下心愛は真心ってな』

 

 

 

――――あれは、どういう意味なんやろう。

 

樺地と跡部は、いつでも通じ合っているように見えた。

何も言わなくてもそこに二人にしか聞こえない、一種の超音波的ななにかが存在して居るのだと忍足は思っていたし、むしろそうでなければ納得のいかない現象もいくつかあった。

 

――――なのに、跡部の、あの顔は。

 

 

まるで泣きたいのに涙が出ないような、かと思うとまるで泣きたくない風を装うというか、まるで跡部には似合わない表情をしていた。

いつも尊大な態度をとり、けれどそのおかげで引っ張られた人もいる、その絶対的な強さを誇る跡部景吾の顔では、なかった。

 

そして、あの跡部にその顔をさせているのは、間違いなく―――

 

 

 

「なあ樺地」

 

意を決して忍足が口を開くと、樺地は小さく首を傾けた。

 

「お前、跡部に会いたいと、思わんのか?」

 

 

そして何故か忍足は願っていた。

お門違いだとわかっていても、忍足はこの体の大きな、純粋で穢れのない後輩に、どこか祈るような気持ちで尋ねていた。

 

――――頼むから、樺地。

 

――――これ以上、あいつにあんな顔、させてやんなや。

 

 

 

「ウ・・・」

 

 

「跡部さんが、来い、と、いうなら」

 

「自分は行きます」

 

 

 

忍足は、どうしてか泣きそうになった。

 

 

 

 

 

+   +   +

 

 

 

「ゆーし、どうしたんだよ!?」

 

岳人の部屋に入るなり、忍足は岳人にしがみつくように抱きついた。

 

「風邪、うつるぜ?ゆーし?」

「岳人・・・」

 

 

―――――分かった、気がする。

あの時、どうして跡部があんな話を切り出したのか。

 

自分が岳人に会いたいと、そう思ったからや

そしてそれを、跡部の前で言ったからや

 

寂しかった。目の前で揺れる、桃に近い赤の髪を見ないのが。「ゆーし!」と元気に自分の前を呼ぶ声が聞こえないのが。飛び跳ねて嬉しそうに笑う、笑顔を見れないのが。

 

そうじゃねえ。

跡部は悲しそうに言った。その気持ちが今ならよく分かる。

一年の差は、埋まらない。同じ学年同士の自分たちと違って、忙しくなった高校生活は、部活で忙しい樺地とのすれ違いを来したのだろう。

 

その時、会いたいと思う跡部と、言われなければ来ない樺地と。

 

 

「・・・なあ、岳人」

「・・・なんだよ」

「岳人は、俺と会えなくなったらどないする?」

「はあ!?」

 

抱きしめていた体を離して忍足は真面目に尋ねた。

初めこそ笑っていた向日も、忍足の顔を見て真剣な顔つきになる。

 

「―――どっか、行くのか、ゆーし」

「・・ちゃう。もしもの話。一年くらい会えなかったら」

「留学すんのかよ」

「せやから俺の話やないんけど・・・」

「ヤダ」

 

震えた声が、風邪のためか色づいた唇から零れた。

 

「俺は、絶対ヤダ。」

「岳人・・・」

「会いたくなったら、いつも会いに行くじゃん、俺。お前の家に、いつも」

「・・・せやな」

「それが、なんだよいきなり、知ってるくせに。くそくそゆーし!」

 

怒ったような口調でいう岳人に、愛しさがこみあげて忍足はまた目の前の熱い体を抱きしめた。

 

「嬉しいわ、岳人、ほんま」

「・・・」

「ほんま、嬉しい」

 

 

――――来いと、言うなら、行きます。

 

――――・・・そこに、お前の意思はないんか?

 

――――ウ・・・

 

――――跡部が来いと言うから、行くんか?

 

――――・・・ウス

 

 

 

 

それじゃあ、まるで。

 

 

 

 

下らないことかもしれない、会えない、だけ、でも、それでも。

離れたら会いたくなるように、跡部は切ない想いを胸に秘めるのだ。

恋い焦がれて、想い続けて、言わなければ来ない男を憎んで。

 

 

 

『恋は下心、愛は真心ってな』

 

 

 

ああ、今ならその意味もわかる。

 

 

 

忍足は心中で樺地に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

(誰でも優しさを振りまくんは、)

 

 

やなくてやな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=あとがき=

 

 

 

「神は人に愛を振りまくが、恋はしない。何故なら神は人に対し平等に優しさを振りまくが、人と繋がる事はないからである」

 

 

とかいう話を聞いて、思いました。

 

跡部→→→樺地話です。

 

樺地は跡部を尊敬してるけど、尊敬にとどまっているだけだったら残酷だなーと思いました。

 

あの、それから上のセリフの「繋がる」の意味は何となく・・わかりますよね?

 

 

後それから、忍岳が砂糖並みに甘いですが、

 

これはあれですよ?

岳人が風邪ひいてるからですよ?

 

いつもはこんなに甘いカップルじゃないですから!

 

 

跡部は樺地が自分を好きじゃないって知ってるんです。

四六時中跡部は樺地のことを想うけど、同時に憎みもする。

ただプライドが高い分言えなくて、どんどん溜めこんでしまう。

忍足が「岳人に会いたい」という言葉を聞いて、やっぱ会えなかったらふつうは会いたいもんだよな、とか思って、傷ついたり、とか。

 

 

そういう何か切ない話が書きたかったんですけど・・・・

うーん・・・文章力・・・

 

 

この続きですが・・・

まあ大丈夫ですよ!

最終的にはくっつきますから!(←)

樺地は跡部大好きですから!ねえ!

 

 

 

本当に、お粗末なものをお見せいたしまして、すみませんでしたあっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(救われる?おまけ)

 

 

 

 

跡部「・・・?樺地?」

樺地「・・・」

跡部「どうした?こんな夜中に・・・」

樺地「このあい、だ」

跡部「?」

樺地「忍足さんに、会いたい時に会わないのか、と言われて」

跡部「・・・・あ?」

樺地「忙しそうだか、ら、迷惑かと思って・・・でも・・・」

跡部「え・・・」

樺地「きちゃい、ました」

 

 

跡部「・・・・・(バッターン!)」

樺地「跡部さん!?」

 

 

 

 

 

(ああ、君はどうしていつも)

 

(僕の心を奪っていくの)

 

 

(「・・・バーカ」)

(「ウ・・」)

 

 

 

 

 

 

 

おわり。