雪でかじかむ手を必死に小さな吐息で温めようとしながら、その幼馴染は笑っていた。
遊んでいる時はいつもどこか楽しそうだったけれど、その日はなんだかいつもと様子が違っていて。
だから気になって、尋ねたのだ。
「むねひろ、お前、今日何か楽しそうだな」
こんな風に人に何かを尋ねるのは初めてだったから柄でもなく緊張したけど、それよりも好奇心が勝って。
すると目の前の幼馴染は軽く目を見開いたあとに、とても穏やかに笑った。
それがなんだかとても、綺麗で。
「―――今日、は、」
思わず見入ってしまったというのは今でも跡部だけの秘密だ。
「特別な日、だか、ら」
そういって雪の降る空を見上げる幼馴染の横で、跡部はポカンとしたように口をあけて立ち尽くすのだった。
そしてその時に自分が勝手な勘違いをしてしまったという事を、跡部は10年後に知ることになる。
「――――――・・・思い出した」
十年後の跡部景吾はそれだけ口に出すと、覚醒したての体に鞭打って上半身を起こす。
分厚い絹のカーテンの隙間からは、山の稜線から体を起こした太陽の、細い光が差し込んでいた。
〜君と僕の記念日に、乾杯。〜
「おい樺地!寝てんじゃねえ!!!」
冬の日曜―――正確な日付は本人たちの意向により記せない―――の朝、午前6時のことである。あまりに唐突なことであるし、休日と言うことも手伝って、跡部の言い分は確実に無理のあることではあったが、この何十年という長い年月を跡部の強引さに付き合わされてきた樺地は、パチリと目をあけて跡部の居ることを確認すると、少し驚いた様子を見せただけで、「おはよう、ござい、ます」と普通に挨拶をした。ただしそこまでの動作が長かったので、短気な跡部は樺地の広い背中に軽い蹴りを入れて樺地に着替えの用意を急かした。
さて、この唐突な事件を説明するにはまず二つの要点を言わなければならないだろう。
一つは、この跡部景吾と言う男の記憶力は常人とは桁外れに優れているという点である。
たとえばある具体的な日付を言えば、その日の朝から晩までにあった出来事を挙げる事が出来る。それこそ新聞に載っていた事項とか、世界情勢とか、その日のテニス部の内容など様々である。
どこからの記憶が蓄積されているのかは確かめられていないが、前にテニス部のレギュラーメンバー全員が跡部と樺地が出会った日の出来事を跡部から散々に聞かされているので、少なくとも4歳児の時の記憶は跡部の頭の中に未だしっかり残っているらしい。ただし本人も言っていたが、幼稚舎より前の事となると具体的な日付は出てこないらしい。ただしその代り、それ以降の記憶はしっかり整理されているらしいので、やはり跡部が尋常ならぬ記憶の持ち主であることは疑いのない真実である。
そしてもう一つの要点は、跡部がこの長い年月、樺地をずっと想い続けてきた、ということである。
初めこそ彼の矜持から自らの想いを否定した来た跡部だったが、とうとうある時自分の逃げられないのを悟ったらしく、それからは逆に、事あるごとに呼んだり傍に置いたり相手にとってサプライズな企画やらプレゼントやら猛烈なアピールをし続けてきた。
ただしそんな跡部のアピールは、違った意味で、報われなかった。つまり、樺地はすでに跡部を慕っていたのである。
ある時跡部邸で樺地が想いを告げると、跡部は一瞬何を言われたのかわからないような顔をして、そして次には「俺、は、その・・・」というようなことをブツブツ呟きながら視線を彷徨わせてうろたえていたが、やがて堰を切ったように樺地にしがみついて泣きはじめた。
そんな跡部の姿を見るのは初めてでだったので、樺地は驚きの余り手をどこに置いたらいいものかとか、誰か見ていないだろうかとか、とにかく焦っていたのだったが、跡部が腕の力を一層強めて抱き締めてきたのを感じて、手は跡部の背中にまわすことにし、誰かに見られていたとしたら跡部を隠すように抱きしめようと結論を出した。
これは樺地も知らないことであるが、跡部が泣いたのは、叶わぬ恋といつの間にか決めつけていたものが不意に叶ってしまったからである。
とにかく、晴れて二人は今恋人同士というポジションに居るのだ。
さて、上記の事件にまで話を戻すと、樺地は跡部に急かされるように着替え、朝食もとらずに跡部のために紅茶を用意し、自分の部屋へと運ぶと、そこにはすっかりご立腹の跡部が樺地が先程まで寝ていたベッドに座り込んでいる。
はてどうしたものだろうかと樺地は考えたが、考えるより跡部の口から直に話を聞く方が早いと思いなおし、とりあえず紅茶を勉強机に置いた。
跡部がこんな風に突然樺地の部屋に来るのは初めてではない。「紅茶が飲みたくなった」だとか「暇だから」とか「俺の家は広いからこういう所が新鮮で楽しいんだ」とか、理由は様々で、中には酷い言い分もあるのだが、その理由のすべてが、本当は跡部が寂しいからであるのだと樺地は知っている。知っているから、どんなことを言われても「ウス」と答えて自分の家へと迎え入れるのだ。
ただ、このパターンは初めてのような気がした。
招き入れて部屋に入ったとたん跡部が抱きついてきたことはあるが、こんな風に怒っている様子を見せることは未だない。
昨日別れた時は普通だったし―――といっても別れる時に「キスしなきゃ放さねえ」と言って拗ねてはいたが―――ちゃんと「おやすみなさい」のメールも入れた。
はてではなんだろうと樺地が首をかしげると、跡部がその薄い唇から苛立ったような声を出した。
「お前、今から10年前雪の降った日、俺に何て言ったか覚えてるか?」
――――10年前。
跡部が16になり、樺地は15になったので、10年前と言えばまだ二人とも幼稚園生だったころだ。
樺地は跡部ほど記憶力の良い方ではないので、いきなり10年前を思い出せるはずもなく、返答に詰まる。と、そんな様子を見て跡部はため息をついた。
「お前がなんか浮かれてたから理由を聞いたら、お前が『今日は特別な日だから』って言ったんだよ」
跡部の言葉を聞いてから、樺地は思い出すまでに少し時間を要した。だが不思議なもので、跡部にそう言われるとすんなりと10年前のことが思い出された。ただその時に雪が降っていたかどうかは覚えていなくて、跡部の脅威の記憶力に樺地は跡部に対する尊敬の念を深めたが、一方で跡部は、樺地の思い出した様子を見て、やっぱり、と確信していた。
あの日、確かに樺地は『特別な日』と言ったのだ。そして今でも本人がそれを覚えているくらいには、やはり大事な日であったのだ。
だから自分は勘違いしたのだ、と跡部は心中で呟いた。
よく確かめれば絶対に間違えるはずのなかった、一年に一度の大事な日だと。
「あと、べさん・・・・?それが、なに、か?」
樺地に言われ跡部は両手を顔の前で組むと、膝に肘をついた。跡部はよく考え事をするときにこの体勢をとるので、樺地は跡部が口を開くのを待ってベッドの前に座り込んだ。
と、跡部が顔をあげて忌々しげに口を開く。
「―――お前がそんな事言うから、間違えたんだよ」
「え・・・?」
「お前の誕生日」
樺地は黙っていた。なぜいきなり10年前の雪の降る日から自分の誕生日へと話が突飛したのか理解できなかったのであるが、跡部が口を開くのを待つつもりであったというのもある。
と、樺地の期待通り跡部は口を開いた。
「お前があの日を『特別』だなんて言うから、俺、は」
そこで樺地は成程と納得した。
あの時樺地が『特別な日』といったのを、つまり『自分の誕生日』と捉えたのであろう。確かに子供がはしゃぐのはクリスマスやお正月といったイベントか、或いは自分の誕生日くらいなものである。
それで樺地にも合点がいった。今まで不思議だったのだ。どうして跡部が『あの日』に自分の誕生日として祝ってくれるのかが。いつも『Happy Birthday』という札付きの贈り物をもらう度に、さて何故だろうと考えていたが、まさかそんな理由だったとは。
しかし、いつの間にか納得している樺地を見て、未だ納得していない跡部が吠えた。
「おっまえ・・!何一人で納得してんだ!」
「や、あの、」
「大体、お前があんな紛らわしいこと言わなきゃ、俺は・・・」
自分の事を棚に上げて樺地を責めようと立ち上がると、跡部はふと今日の突然の訪問の目的を思い出す。
「――――『特別な日』って、なんだよ」
「ウ?」
ただ少し、直球すぎたきらいはあるが。
「あ、いや、その・・・」
「ウス」
「俺様は別に、気にならねえんだけど、ただ、何十年も間違えたとなりゃ、その・・・」
先ほどにも少し触れたとおり、跡部はとにかく矜持が高い。素直に聞けばそれですむものを、それでは自分が気にしているみたいで嫌だと、遠回りして聞いてしまう。そのために何回か損をしたことがあるのだが、彼はいまだにこの癖を抜けられないでいる。勿論、家の環境や本人の性格を考えると無理もない事ではあるが。
ただ、唯一跡部の欲するものを感じられる樺地は、跡部の言わんとすることを察すると、言うか言うまいか躊躇していた。
言ってしまう事は、別にいいのだ。ただし、そこに隠された自らの想いを跡部の得意とするインサイトで見られてしまうと気恥ずかしいのである。けれど、跡部がそろそろ痺れを切らすだろうからだんまりもこれまでだ。
樺地は覚悟を決めるために息を吸うと、口を開いた。
「特別な、日、って、言ったのは」
跡部は何事か言おうと開きかけていた口を閉じた。
「出会った、日、だったんです」
まだ跡部は黙ったままだ。
その様子を見て、樺地は次の一言を言うためにぐっと拳を握り締めた。
「俺と、跡部さん、が。」
樺地の言葉から1分は経過した。
その間、樺地を見つめたまま動かない跡部と、跡部を見つめたまま動かない樺地と。
しかし樺地が跡部の頬が紅潮しているのに気付いた次の瞬間、跡部は樺地のベッドへと倒れこんだ。
「あとべ、さん!?」
「うるせー!寄るんじゃねえ!!」
慌てて樺地は近寄ろうとするも、跡部の腕に振り払われる。
顔を隠そうとする腕の隙間から見える耳が赤いのを見て、樺地も何だか恥ずかしくなった。
その後の跡部は色々なことを言いたい放題だった。「なななななんでそう言うこと言うんだよ意味わからねえし大体何で俺様と出会った日なんだよ特別って何だよ」と言うようなことである。
恐らく照れているのをごまかすために口を動かし続けていたのだろうとは思われるが、樺地も気が散乱していたので、跡部の話したことなど一割も樺地の耳には届いていなかった。
が、やがて落ち着いてくると、跡部がそれまでとは違った声のトーンで樺地に言った。
「・・・ばーか」
「・・・ウス」
何で忘れていたのだろう、と跡部は思った。あの時、5歳だった樺地はちゃんと覚えていたのだ。二年前のその日、二人が出会った日だという事を。
なのにどうして自分はそんなことも忘れ、誕生日などと思いこんだのか。
理由は分からないにしても、樺地がその日を大事にしてくれていたのが嬉しかった。
そして同時に、この十数年を勘違いして全力で祝っていた自分に対する気恥ずかしさは半端ではなかった。
なんとかこの空気を紛らわせようと、跡部はくい、と樺地の服の袖を引っ張る。
なんだろうかと振り向いた樺地の唇に己のそれをあわせて、首に腕をまわした。
とりあえずは、これでいいだろ、んで・・・・その後の事はその後だ!
と意気込んで、跡部は噛みつくようなキスを贈った。
一方の樺地は、突然のキスに怯みながらも拒まなかった。
というより、拒めなかった。
――――どうして、今までそのことを黙っていたのか、って、聞かれなくて良かった。
言われたら、答えるしかない。
けれどその理由は、樺地には恥ずかしすぎて、とても口にできそうなものではなかった。
(君と僕が出会った日のこと、)
(君が全力で祝ってくれるのを見るのが好きだった、なんて)
(言ったら君はまた真っ赤な顔で怒るのだろうか)
とりあえずはこのままでいいや、と樺地は跡部を受け入れる。
調子に乗った跡部は「もう少し」と樺地にねだった。
とりあえず、現時点で休日の朝、6時半。
その部屋の前で母親に頼まれて二人を呼びにきた妹がほとほと困り切っていることなど、二人は知らないのである。
〜あと、がっきぃぃぃぃぃ!!!〜
ごめんなさい。
いや本当にいろんな意味で。
あといつも二人がバッカポーでごめんなさい。
あと跡部がいつも馬鹿でごめんなさい。
樺地狂でごめんなさい。
樺地の誕生日忘れてごめんなさい。
こんなブログサイトに来ていただいた、2000というたくさんの方にごめんなさい。
しゅ、修行にでも出てこようかと思います・・・gkbr
まあ、また書くとは思いますけどーねっ!(激うぜえ!)
私的にはあの誕生日間違えちゃったぜ〜的なネタ、ぶっちゃけ何で入れたのかよく分からなくて・・・や、別になくてもいいんじゃね?みたいな・・・・あくまで個人的な感想ですが!
でももしこれが樺地が『大切にしてる日』だったら跡部だって祝わずにはいられなかったのではないかと!そしてそれがいつの間にか誕生日扱いになったのではないかと!
で、樺地にとって大切な日なんて跡部関係以外に何もないと!
そう思ってみたわけです!!
またもや自分で自分に断罪チョップ!!
誰か曽*良君みたいな上手い人がいたら断罪してください。
お粗末さまでしたっ!!!!!