「…暑ぃ。」

 

 

 

「……ウス」

 

 

 

 

 

 本人が望むのならクーラーで適度に冷えた部屋で、お気に入りのアレンジを利かせた南国フルーツ系ジュースを飲むことのできるはずのこの跡部景吾という男が、それでも、クーラーではなく扇風機の回る樺地崇弘の部屋で、氷入り麦茶を飲んでいるのにはわけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

They're in heat .

 

 

 

 

 

 

 

「…、チッ、暑いな、」

 

 

 畳の部屋で、普段の行儀のよさはどこへやら、跡部は四肢を広げて寝転がっていた。細やかな手入れの行きわたった明るい茶色の髪は、汗がしっとりと滲んでいる。その髪の毛を夏の太陽が照らしてほとんど金色に見えるのだが、跡部から背を向けて黙々とボトルシップ作りに励んでいる樺地はその艶やかな光に気づけない。

 そして何をするわけでもなく手持無沙汰な跡部は、同じ言葉をただ繰り返すだけだった。

 振り向いてほしい、と思うと同時に、跡部は振り向いてほしくない、とも思う。

 確かに自分に気も使わず何かに励んでる恋人なぞ、なんて淡泊な男かと普通の人間なら思うだろう。

 けれど、跡部がこの暑さを、らしくもなく我慢して樺地の部屋で過ごしているのは、振り返らない樺地の背中を見つめていたかったがためなのだ。

 

 

 夏休みに入ってから、会えなくなる。なんて世間一般の常識が、当然跡部と樺地に適応するはずもなかった。

 常日頃、常時、年がら年中、常々、時なし、明けても暮れても―――つまり、いつでも。跡部の傍に樺地は居る。そんな関係がたかが休みごときで変わるはずがなかった。

 特に、恋人になってからは跡部が樺地を離そうとはしない。

 というわけで、休みが入ってこの数日、樺地は跡部の家にいることが多かった。

 だが今日は、先日ボトルシップのキットを買ったという話を樺地がすると、それならばと跡部が思ったのかどうかは分からないが、「お前が作ってるところを見たい」と言い出したので、急きょ樺地の家へと移動になったのだ。

 そこで樺地の母がわざわざこんな暑いところへ、と思いクーラーのある部屋に二人を通したのだが、跡部は丁重にそれを断った。気にしないでいいというのが本人の言い分だったが、どこの世界に態々暑さを求める人間がいるのかと普通の人間なら不審に思うところだ。勿論樺地もまた母親もそんな跡部の様子を不思議には思ったものの、二人ともあまり物事に頓着するほうではないので、まあそんなこともあるのかな、で済んでしまった。

 樺地に関しては今までの涼しさが跡部の勝手な言い分で奪われたのであるが、樺地はそんなことを考えもしなかった。

 跡部が自分の部屋でいいと言ってるのだから、そうなんだろう。

 この跡部至上主義が、これまでの彼の人生を決めてきたような気もする。

 

 さてそんな跡部が、どうして背中を見たいと思ったか。

 別に背中ぐらいなら、いつでも見ている。それでも、残念なことに、跡部は気付いてしまったのだ。

 ―――汗をかいているときの、樺地の背中の――――

 …いわゆる、色気というやつに。

 

 

(いやだってこの前の練習の時、)

 

 

 跡部は少し思いだすように目を閉じた。

 それはいつものように部員同士で練習試合をしていた時。チラリとみた隣のコートで、激しく打ち合いをしている樺地の背中が。

 

 

(…、やべえな)

 

 

 汗ばんで張り付いた氷帝のジャージが、その向こうの褐色を示すかのようで。

 自分でも人間としてこの感覚は危ないとは思っていた。けれど、汗がしみ込んで、肌が見えそうになったジャージの、見えそうで見えなさそうな、感じそうで感じることのできない、あの、背中が。

 

 

(…あつい)

 

 まるで、自分を、

 

(―――、あつい……っつってんだろ)

 

 誘っているかのようで。

 

 

 

 

 

「…樺地」

「ウス」

 

「…あつく、ないか?」

 

 

 

 そう言いながら首に手を回してきた跡部に、樺地は少し驚きの目で振り返った。

 暑いといいながら、何故この人は近づいてきたのだろう。

 だが跡部が本格的に抱きついてきたので、樺地はとりあえず作りかけのボトルシップを腕の伸ばせる限り遠くに置く。

 ふと樺地は、自分と違う匂いがすることに気付いた。それは確かに跡部のもので、けれどいつも感じていた跡部の匂いではない。跡部が愛用の香水を変えたというわけでもないだろう。では一体何か、とまで考えたところで樺地はハタとその思考を止めた。

 ―――汗、の、匂い、だ。

 自分とは違う、跡部の。跡部の汗が、普段の跡部の匂いに交じって届いている。サラリと首筋を擽る猫っ毛からか、それとも彼が流したものが自分の肌に触れているのかは分からない。

 ただ、樺地はその香りがとても危険だと思った。跡部の、いつもと違う、それは汗の臭いで。

 それだけ近くにいて、自分たちはこの暑さの中、離れることものなく汗を流して触れ合っている。

 ―――危ない、なあ。

 跡部にきっとおそらくその自覚はない。樺地はそう思った。そしておそらくその自覚がないだろう跡部を、樺地は初めて、厄介だと思った。

 今までどんな事を言われても、どんなことをされても厄介だなんて、まして疎んじたことなどない跡部を、初めて樺地は厄介だと思った。

 それは、勿論、跡部は確信犯だっただろうけれど。

 

 

 

「…あつい、です」

 

「…へえ」

 

 ボソリとつぶやいた樺地に、跡部は少し顔を動かして耳元でささやく。

 

「―――なら」

 

 触れ合った肌がベタつくのも構わず、シルクの肌触りより今はただこれが離せないとでもいうかのように、跡部は強くその首を抱きしめて。

  

「いっそのこと、溶けるくらい…熱くなろうぜ、樺地」

「、!あ、とべさ、」

 

 抵抗する樺地の言葉もむなしく。

 

「ん、」

 

 二つの熱が、溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(熱い、そう、これはきっと。)





(I'm in heat with you.)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|もはや解説に近いあとがき|

 

 

小話でした!!

実は当初もっとアダルティだったのですが←

あまりにも会話文だったのでやめました。

 

つまり、

跡部は樺地の背中に欲情して、

樺地は跡部の匂いに欲情して、

 

なんか倒錯的みたい…な…←

 

暑さで頭がいかれてるんです。二人とも。

でもだからこそなんかいつもと違うことに欲情するってあるじゃない(あるじゃないってお前…)

 

 

 

お目汚し大変失礼いたしましたっっっっっ!!!!!!

 

 

 

(in heat …… 「さかっている」by ////)