3月14日。

 

 

 何でも無い日だから

 

 

 無くても良いのだけど

 

 

 

 

 

 

 

 

甘さの裏に隠れた苦さ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…あ〜ん?」

 

  差し出された大量のお菓子を見て、跡部は怪訝そうに顔をしかめた。一方、差し出した樺地の方はその大きな両腕にも余りある程のお菓子を抱えながら、申し訳なさそうに跡部を見つめた。

 

  「何だこれは。今日はホワイトデーとかで、バレンタインじゃねぇんだぞ?」

 

  同じラッピングをされた様々な種類のお菓子の内の一つを摘み上げてゎ跡部は説明を求めるように樺地を見上げる。

  そんな跡部の視線を受けて、樺地は言い辛そうに口を開いた。

 

 

  「―――今日、ホワイトデー、だか、ら」

 

  いつも以上に、ゆっくりと、

 

  「お返しのために、お菓子焼いてたら」

  「お返し?」

  「あ、いえ、妹と母からしか貰ってないんですけど」

 

  樺地の言葉を聞いて、へえ、と跡部は返すと、先週張り替えたばかりの長さ4m程のソファに腰を下ろした。

 

  「それで?」

 

  クッションを背もたれにして横たわる跡部に促され、樺地はソファの前に鎮座する透き通ったガラスの机に、落とさぬよう慎重にソレらを置きながら説明を続けた。

 

  「作るの楽しくなって、大量、に…」

 

  そこまで言って少し頬を染める樺地に、跡部はニヤリと笑って上半身を起こす。

 

  「成程な。どうせお前のことだから色んなものにチャレンジしてたら止まらなくなったんだろ」

  「ウ…」

  「ったく、本当に昔から一つの事に熱中すんの好きだよなお前。ボトルシップ作ってる時も俺様が居ようと気にしてねぇからな」

  「すみ、ませ」

  「良いんだよ、別に。」

 

  謝ろうとする樺地を遮って、跡部は丁寧に包装されたソレを摘むと、綺麗に開封して食べ始めた。

 

  「―――やっぱり、美味いな。なあ、お前こういうの作る時は俺様の所に来いよ。今日みたいに持ってくんの大変だろうが。こんなに大量に作ったら、材料費だって半端じゃねえだろ?」

  「ウ…」

  「どうせ俺に寄越すなら、俺が材料費くらいは用意してやるから。美味いもん食えるなら、それ位してやる」

  「で、も」

  「あ〜ん?」

  「…イエ、何でも…」

  「何だよ、変な奴」

 

 

  そう言って笑う跡部を見ながら、樺地も微笑む。

 

  跡部家御用達の執事が淹れてくれた紅茶と、大量のお菓子の、甘い匂いがした。

 

 

 

 

 

 

       

 

 

 

 

  跡部邸からの帰り道、樺地は冷えた手をこすりながら、ほう、と息をついた。

 

 

  ――――悪い事、しちゃったかなあ

 

 

 帰り際に歩きで来たので歩きで帰ると言った樺地に、リムジンで送らせると跡部が提案してくれたのだったが、樺地は断固として拒否した。

 最初こそ軽い疑惑の目で見ていた跡部だったが、あまりにも樺地が拒絶したためか、終いには「なら歩きで帰れ」と投げやりな物言いをする程に不機嫌になってしまった。

 ただ、樺地にはそれほどまで頑なに拒む理由があった。

 

 

 ――――だって多分、リムジンだと跡部さんもついてきちゃうし。

 

 

 そしたらきっと今赤い顔をしているのであろう自分を見られるのが恥ずかしかった。

 何故なら、樺地にとってあの大量のお菓子はとっても恥ずかしい理由から作られていたから。

 

 

 ホワイトデー。

 日本だけのこのイベントの意味を、おそらく跡部は形ばかりでしか知らないのだろう。そして日本だけのこの特異なイベントを、どこかで不思議に思っているかもしれない。

 けれど樺地は、この日が214日に殉教したバレンタイン司教の元で愛を誓った恋人達が、再び愛を誓う日に由来するのだと知っていた。

 愛。自分の跡部に対する気持は一体何なのだろう。

 大雑把に言ってみても、愛には様々なカテゴリーを含んでいる。ではその中の、どれが一番適切なのだろうか。

 

 考えても答えは出そうになかった。

 ただ、例えば自分が他校との試合に勝った後、何故か誇らしげに笑われた時や、ふとした瞬間に何時の間にか隣に居て、何をするわけでもなく寄り添ってくる時や、自分が作った食べ物を、『美味い』と言って完食してくれた時などに、どうしようもなく嬉しくなるのだ。

 

 

 そうした跡部への想いを考えていたら、何時の間にかあれ程に大量のお菓子が出来ていたのだ。

 

 それを見た時は恥ずかしさで死にそうになったし、跡部以外の人に渡して何とか処分する方法も考えた。

 

 けれど、跡部への想いを込めて作ったものを他の人に手渡すのは何だかその人に申し訳ない気がして、どうしても跡部の所以外に行き場がなくなってしまった。

 

 

 ――――でも、一つ、食べてくれた、し。

 

 

 まさかあの大量のお菓子を跡部が一人で食べるはずがない。

 きっと屋敷に仕えている召使たちにも配るだろう。

 

 けれど、一つでも、食べてもらえた。

 ただそれだけで、あの時の想いが報われる気がして。

 

 

 ――――やっぱり、持って行って、良かった。

 

 

 寒さのせいで硬くなる頬をそれでも緩ませて、樺地は少しだけ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 届かなくても良いのだから、今はもう少しこのままでと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Fin.